【究極の性格改造法とは?】

1.瞑想のすすめ

 確かに、このホームページでお話してきたような考え方を実行することによって、多くの方が考え方を一変させ、プラス思考によって、明るい現在未来を切り開いていけるようになるという事は可能だと思います。

 しかし、あなたが重症のマイナス思考の方で、これまで私が述べてきた方法では心底気持ちを切り替えられないとしたら、あるいは、あなたが更なる人間性の改革、能力開発、願望達成等をお望みだとしたら、実は、いわゆる「瞑想」が大変な効果を持つという事をこれからご説明しようと思います。

 「瞑想」などというと、なにか抹香臭い、あるいは、うさん臭いものととられる方もいるかもしれません。

 ご興味がなければこのページは跳ばしていただいても構いません。

 しかし、実はこの「瞑想」こそ、人間改革、願望達成の為の肝(キモ)ですので、このホームページの他のページを読んでもなかなかプラス思考になれない重症の方、あるいは更なる願望達成等をお望みの方には、是非これから順次お話させていただく瞑想を実生活の中に取り入れられる事をお勧め致します。

 簡単に言って瞑想とは何なのか。

 それは、心を落ち着かせて心身を良好な状態にコントロールし、更には自ら望む自分へと自己変革することのできるテクニックといえるでしょう。

 私が経験してきたありとあらゆる精神修養法の中で、最も私に影響があったのが瞑想なわけで、瞑想なくして現在の私は存在し得なかったと断言せざるを得ません。
 今でこそ人様にアドバイスさせていただく程まで他人や自分の心がよくわかり、他人を幸せにすることイコール私の幸せでもあるというような人間になれたわけですが、前にも述べたように、十代、二十代前半の頃は、劣等感の塊のような、ストレスだらけの人間でした。

 しかし、暝想をするようになってからは、あらゆる苦悩を、言うなれば自己を磨く為の肥やしとしながら生きる事が可能となり、その結果、現在のようなゆるぎない自己を確立するに至ったわけです。
 瞑想との出逢いは、私にとってまさに宿命であったと今さらながらに思います。

 世界には古今東西、様々な瞑想法があり、日本には座禅という全世界の精神世界を追求する人たちに多大な影響を及ぼした瞑想法がありますが、出家した方々の修行法の一つといった側面が濃く、一般の方にはなじみが薄いのではないでしょうか。
 確かに参禅会、体験座禅などといった一般人向けのものもあるようですが、その程度ではあくまでも「瞑想した気分」を味わっているに過ぎないと言わざるを得ません。

 これから紹介する瞑想法は、非常に簡単に習得習熟できるにも関わらず、その効果は、座禅や自律訓練法(東洋の瞑想法にヒントを得てドイツ人医師シュルツが開発した心身コントロール法)等に比べても、むしろ優れていると言えます。

 雑念を払って無念無想の境地に至るには座禅では長年の修行が必要ですし、自律訓練法で瞑想効果を得るにも、人によっては数ヶ月以上もかかります。
 これに対してこれからお話しする瞑想法では、始めて1週間位で禅宗の高僧もかくやと思われるほどの無我の境地に到達する事も可能です。

 瞑想をやったことのない方の中には、瞑想=沈思黙考のように思っている方がいるのではないでしょうか。
 これが全く別物であるとかと言えばそうでもなく、近縁の意識状態だとも言えるのですが、目的はやや異なっています。
 暝想自体の第一の目的は、「雑念を浄化し、ストレスを解消する事」であり、「無念無想」という言葉のようにまさに「意識を静寂化させ」「考えることをやめる」のが第一段階の最終目的になります。
 そして、暝想の次の段階の目的は「3.瞑想法の実際」の項で後述するように、「静寂化した意識の中で自分が望む言葉やイメージを思い描く事」なわけですが、この部分に関してだけいえば、いわゆる沈思黙考と似た目的だとも言えるでしょう。
 実際、暝想に熟達してくると、雑念や偏った思いこみなどに左右されることなく、潜在意識(潜在意識、顕在意識等に関しては「4.瞑想が願望達成に絶大な効果を示す理由」の項をご参照下さい)の部分から沈思黙考する事が可能になるため、問題の解決法を見つけたい場合などにも実に素晴らしい方法がひらめくようになります。
 しかし、瞑想の第一段階の実習によって意識を静寂化させるコツを会得しないままに沈思黙考しようとしても、雑念、妄想に翻弄され、まさに「迷想」になってしまうかもしれません(苦笑)。

 また、睡眠と瞑想はどう違うのか、という疑問を持たれる方もいるかもしれません。
 これもまさに似て非なる物で、その違いはやっているうちにわかってきます。
 睡眠と瞑想との大きな違いを説明するならば、どちらもリラックス状態であるという意味では似ているのですが、睡眠から自由に目覚める事はできないのに対し、瞑想は、深い覚醒状態(良く目覚めた状態)での心身のリラックス状態ですので、瞑想を自由意志で瞬時に終了し、普通の意識状態、しかも非常に覚醒した状態に戻るということが簡単にできます。

2.瞑想を始める前に

 まず、はじめに申し上げておきますが、この瞑想法は非常に簡単で単純です。

 私が初めて瞑想法をお教えすると、あまりに簡単なため、こんなもので自分の期待する効果などあるのだろうかと不安になる人も多いようです。

 ところがそんな心配とはうらはらに、その効果は当日〜翌日から現れ、日増しに効果を強めていくのが常なのです。

 ですから、あなたも「なんだこんな子供だましみたいなもの。やるだけ無駄だな」などと思わず、まさにだまされたと思って二〜三日やってみて下さい。
 半信半疑ながらででもいいですからやってみて下さい。
 その効果への期待の有無に関わらず、ただ実行しさえすれば、必ず有形無形の効果が出るという事を保証いたします。

 もちろん瞑想をやらなくても、損をしたという気持ちにはならないかもしれません。  確かにやらなくても損はしないでしょう。
 しかし、瞑想をやった場合の大きな収穫を考えれば、「得はしなかった」というのが正確な表現になるかと思います。

3.瞑想法の実際

●瞑想する時間帯と回数:
 朝、昼、夕、寝る前等一日中いつでも構いません。
 食事の前でも後でも構いません。
 最初のうちは、最低一日1回は暝想する事をお勧め致します。
 特に、ストレスの多いうちは、違う時間帯で一日2−3回やった方が、暝想効果はより早く得られるでしょう。
 しかし、休日以外の日に一日4回以上暝想する事はあまりお勧めできません。
 休日以外の日に暝想に4回以上の時間を使ってしまえば、日常生活に支障ををきたしてしまう可能性があるからです。

●瞑想の時間:
 一回15分の瞑想を、違う時間帯に、一日1−2回と決めておくのが最良です。
 時々薄目を開けて時計をみながら時間を確認して下さい。

●場所:
 できれば他人の目に触れない、落ち着ける場所にして下さい。
 飼い猫、飼い犬等のペット、子供などがいる場合は、瞑想中は部屋に入ってこないようにして下さい。
 集中力の妨げになるからです。

 明るくても薄暗くても構いません。
 音楽があった方がリラックスできるという方もいらっしゃるかもしれませんが、できれば音楽なしでリラックスできるようになった方がいいでしょう。

●座り方:
 基本的には、楽な姿勢なら、あぐらをかこうが、いすに腰掛けようがどんな姿勢でも構いません。
 座禅では背筋をピンと伸ばすように言われますが、この瞑想では伸ばしても、多少猫背でも構いません。

 ただ、寝ころんでやるのだけは、絶対悪いとはいえないのですが、慣れないうちはすぐに眠ってしまってなかなか瞑想に至らないことが多いので、特に初めのうちはお勧めできません。

 手の位置もどこでも構いません。肘掛けに置くか、両膝に置くのが一般的ですが、座禅のように体の前で両手を重ねてもいいですし、ヨガのように両手の平を上に向けて膝の上に置いたりしても構いません。

●目の使い方:
 まぶたは軽く閉じます。
 きつくまぶたを閉じてまぶたに緊張感を感じたりしないようにして下さい。
 座禅では半眼といって薄目を開けた状態で瞑想するのですが、この瞑想ではそうしませんのでご注意下さい。

●呼吸:
 普段の鼻呼吸で構いません。
 腹式胸式などにとらわれなくて結構です。

●「暝想導入音」を心に思い浮かべる:
 楽な姿勢で、後述する言葉(暝想導入音)を心に思い浮かべる様に繰り返し思います。  「思う」と申し上げたように、実際に声に出すわけではなく、あくまでも心の中で思うのです。
 これは、本人が好きな言葉、例えば「リラックス」「しあわせ」等という言葉でも構わないのですが、私が教えてきた経験から、最も良い暝想導入音は、「ナ・ダーム」という言葉です。
 この言葉自体には特に意味はありません。
 しかし、この言葉の持つ音には、瞑想効果を非常に高める働きがあるのです。

 「ナ・ダーム」の読み方ですが、「ダーム」にややアクセントをおいて発音(心の中で)します。

 「ナ・ダーム」を繰り返し繰り返し「思う」のですが、リズムとしては「ナ・ダーム」は、2−3秒。
 「ナ・ダーム」と「ナ・ダーム」の間には1−2秒位間をあけて下さい。

 ただ、厳密に考える必要はなく、自分で心地よいと思うリズムで構いません。

 重要な点なので繰り返しますが、「暝想導入音」を「思う」と表現したのは、小声で発音しようとしたときのように横隔膜、声帯、喉、舌、唇、頬等に緊張があってはいけないからです。
 あたかもどこかから「ナダーム」が聞こえてくるかのように繰り返し「思う」のです。

 くれぐれも、ブツブツと念仏のように唱えるようなことが無いようにご注意下さい。

●雑念について:
 瞑想法としては以上述べたように単純なものなのですが、この瞑想法が素晴らしいのは、雑念をごく自然に払い去ることができるという点です。
 先ほども申し上げたように、座禅などでは、雑念を払って無念無想の境地に至るには長年の修行が必要なのですが、この瞑想法の場合、多くの方は、始めて1週間位で無我の境地に到達する事も可能です。
 もちろん個人差もありますが、ほとんどの方は、数週間以内には無念無想の境地を体験できるはずです。

 さて、まぶたを軽く閉じて、「暝想導入音」を繰り返し思っていると、まずいろいろな雑念がわいてきます。

 「あの時の『あの事』が今の悲惨な自分を作っているのだ。なんとか忘れたいのだけれども今の私にはそれは不可能だ。」

 「きょう、あの人に言われた『あの言葉』が、しゃくにさわってしかたがないわ。言い返せばよかったのかもしれないけれど、今さらどうしようもないし、このまま不愉快な思いでいるしかないのかしら。」

 「『あの事』をすぐにやらなければ大変な事になる。こんなことをやっている暇はないのだ。」

 「私はなんでこんな事をやっているのかしら。これはただのまやかしではないかしら」等々...。

 多少の間その雑念にとらわれるのはかまいません。
 しかし
 「自分は今、ストレスを解消して、よりよい自分に変わるために瞑想しているのだ」 と気づいた時点で、「暝想導入音」の反復に戻っていただきたいのです。
 まぶたの裏に浮かんでくる色々な光や模様も同じです。こういったものが現れてもこれに注意を集中したりせず、雑念の一つとして受け流し、それにとらわれることなく、再度「暝想導入音」に注意を戻すのです。

●耳に入ってくる音について:
 防音室や、気密性のよい部屋に一人でいる場合など特殊な環境以外は、音は否応なしに耳に飛び込んできます。例えば車の音、人の声、犬の鳴き声...。
 また、いくら防音効果の高い部屋にいても何らかの機械音等が聞こえる場合も多いでしょう。
 例えば目覚まし時計の音、冷蔵庫のコンプレッサーの音、エアコンの音...。
 もちろん誰もがうるさく感じるような騒音の中で瞑想するのは望ましいことではありませんが、多少の音が飛び込んでくる程度の環境だったら瞑想しても全く問題ありません。

 その際、今あげたような種々の音や声は、あくまでも「雑念の一種」として取り扱うようにして下さい。
 車の音から、「どんな車種だろう?どんな人が乗っているんだろう?...」とか、
 人の声から、「なぜ大声で話しているんだろう?どんな話の内容なんだろう?...」とか、
 犬の鳴き声から、「どこの犬なんだ?何で鳴いてるんだ?飼い主はどんな人だろう?...」とか、余計な発想に発展させず、それらの音や声に注意が行っていることに気づいた時点で、「ナ・ダーム」の反復に注意を戻すのです。

 種々の機械音やその他の音も同じです。
 音や声はあくまでも雑念としてとらえ、それにとらわれないようにして下さい。
 万が一、騒音の多い環境で瞑想しなければならない場合は、耳栓等を用いるという方法もありますが、それ程うるさくない環境でなら、耳栓はなるべく用いない方がいいでしょう。

●瞑想の最後に:
 この部分は、私が今までに体験してきたあらゆる精神修養法のエッセンスとも言える部分であり、その効果が絶大であるということは保証致します。

 その方法ですが、瞑想を終える少し前に、自分がこうありたいと思うことや、こんな事を実現させたいということを言葉にして思うのです。
 その際、なるべく前向きな、ポジティブな言葉を用いて下さい。
 たとえば、「私は苦しくない」ではなく、「私は楽しい」というようにプラス指向の言葉を使った方がいいのです。

 例えば、「(私は非常に)リラックス(している)」とか「(私は物事を)明るく(考える)等です。
 ( )の部分を省略して、できるだけ単純な言葉にした方が効果的な場合もあります。
 もちろんその辺は、各自の好みの問題で、どんな言葉でも構いません。

 特に何か具体的に実現させたい物事がある場合は、言葉と共に、すでに実現したのだという気持ちをもって、その状況をできるだけ明瞭にイメージ化(映像として思い浮かべること。ぼんやりでも構いません)するようにすると、より効果があります。
 ただ、他人を傷つけるような、いわゆる「呪い」的な事をイメージ化すれば、当然しっぺ返しをくうことになりますので避けるべきなのはいうまでもありません。

●その他のアドバイス:
 以上までが瞑想法の基本ですので、まずはだまされたと思って(笑)でいいですからとにかくやってみて下さい。
 そして、疑問が生じたら以下の文章の中に回答を探してみて下さい。

 瞑想を始めてから起こる可能性のある様々な疑問にお答えしているのがこの項の、以降の文章です。
 ですから、瞑想を始める前にはこの部分は読んでも読まなくても結構です。

 次項の「4.瞑想が願望達成に絶大な効果を示す理由」に関しては、ここを読んで瞑想に期待や魅力を感じるか否か等によって、瞑想の実習をやるかやらないかを決めるというのも悪くはないのではないかと思います。

 ◇瞑想開始初期の頃に瞑想の、心身や実生活への効果を確認するには、一日1〜2回目の瞑想実習を終えた夕方などに、その一日を振り返って自分の身や身の回りに何らかの変化がなかったかを思い出してみる事をお勧めします。
 瞑想を開始して早ければその日から、遅くても数日以内には必ず何らかの好ましい変化が認められるはずです。
 それはもともと自ら期待していた変化の場合もありますし、期待していなかったが喜ばしい変化や出来事だったりもするでしょう。

 ◇特に瞑想開始初期の頃は、瞑想の途中で眠くなってしまう事があります。
 それは、それだけ体にストレスや疲れがたまっているせいであり、眠くなったらどんな姿勢ででも、もちろん横になってでも良いですが、眠っても構いません。

 但し、目が覚めたら、15分の瞑想割り当て時間のうち、眠ってしまっていた分に相当する時間だけ瞑想する事をお勧めします。
 (もし瞑想開始5分後に眠ってしまったのなら、目が覚めた後、10分間瞑想して下さい。という意味です。)
 この時の瞑想は、睡眠によってストレスや疲れがかなり減少しているため、暝想の効果が非常に高くなるからです。
 瞑想を続けていくと、ストレスや疲れがたまりにくくなってくるため、瞑想中に眠くなることはだんだんなくなっていきます。

 ◇瞑想終了時に眠気が感じられるようであれば、短時間眠っても構いません。
 疲労回復に相当な効果があります。

 ◇瞑想をするたびに、雑念がどんどん増えてくる場合もあります。
 これは、潜在意識に到達し易くなったために起こる一時的なものです。
 瞑想の継続によって、雑念は減っていきますので、心配しないで瞑想を続けて下さい。

 潜在意識云々については、次項の「4.瞑想が願望達成に絶大な効果を示す理由」で説明いたします。

 ◇瞑想中は自然に呼吸がゆっくりになるかと思います。たまに、自然に深呼吸が起こることがありますが気にする必要はありません。

 ◇偏頭痛の起きやすい人は、瞑想を初めて始めた頃、一過性に頭痛の悪化が起こることがあります。
 しかし数日で治りますので、それまでの間は、鎮痛剤等で乗り切って下さい。
 その後は、偏頭痛から解放されるということを保証いたします。

 ただしこの際、次の【健康医療編】「2.頭痛はなぜ起こるのか? その予防法は?」の項でも述べているように、酒石酸エルゴタミンなどの血管収縮作用のある鎮痛剤は服用しないで下さい。

 ◇寝る前に瞑想すると頭が冴えてしまって寝つけなくなるというような場合には、別の時間帯に瞑想するようにした方が良いでしょう。
 瞑想から自然に眠りに入れるようならそれでも構わないと思いますが、その際には、完全に眠りに陥る前に、前述の、瞑想の最後の「言葉」や「イメージ」を実行しておくと効果抜群です。

 ◇瞑想中、体を動かしたくなる場合もあるかもしれません。これはストレスを発散しようとする体の自然な作用ですから、そんなときにはそれを抑えずに、動くままにして下さい。
 ストレスが発散されれば、自然に動きは収まります。

 ◇手足や体の感覚がなくなり、意識だけがあるような状態になることがあります。
 これは、非常に深い瞑想状態にあることを示しており喜ばしい状態ですので心配はいりません。

 ◇瞑想に慣れてくると、ストレスがたまりにくくなるため、短時間でも深い瞑想状態に入れるようになります。
 もし、自分でも瞑想に習熟し、ストレスもたまりにくくなってきたと思うのであれば、瞑想時間を15分と限定せず、短縮しても構いません。
 しかし、それほどの境地に達する事ができるのは、私の経験上、定期的な瞑想法(15分の瞑想を一日1〜2回)を2−3年やってからではないかと思います。

 ちなみに現在の私は、常時瞑想状態みたいなもの(脳波でいうとアルファー波が優位な状態かと思います)ですから、ストレスもたまらず、いわゆる瞑想という形式の行為は、一日一回わずか30秒!(笑)やるだけになってしまいましたし、暝想に際しても、もはや暝想導入音「ナ・ダーム」も必要なくなってしまいました。
 ただ、これくらいまでなれたのも、一日1〜2回の瞑想を10年以上もやっての事です。  やれない日もあった事は認めますけど(笑)。
 もちろん、ストレスが相当たまったり疲労感を感じたときには今でも長めの瞑想をしています。

 ◇その他、瞑想をすることによって心身に変調をきたす場合も絶対ないとは言い切れません。
 しかし万が一そのような事が起こったとしても、それは、今まで自覚できなかった潜在意識に貯め込まれたストレスが解放されることによって起こる一時的な現象であり、瞑想の継続と共に消失するはずです。
 禅で言うところの「魔境」に相当するものであり、それにとらわれず、取り合わなければ、いずれ消失し、潜在意識の高度の浄化がもたらされるはずです。
 言うなれば、傷が治る時に出る膿(うみ)のような物、あるいは産みの苦しみとでも例えればご理解いただけるかと思います。
 ただ、もし瞑想を続けても心身の変調がとれないというような場合には、瞑想をやめるか、しかるべき医師等に受診なさった方がいいかもしれません。

 ◇もし、瞑想に興味を持つ人が身近にいるときは、あなたが直接その人に教えるのは望ましくありません(あなたが数年以上の瞑想歴をお持ちでしたら構わないと思いますけど)。
 まずは、この文章を読んでもらって下さい。その後あなたの個人的な経験からのアドバイスをなさることは構わないと思います。

4.瞑想が願望達成に絶大な効果を示す理由

 瞑想の効果の原理を知っていようとなかろうと効果はありますが、知っていた方が、より効果が上がると思いますので、ここで簡単に説明しておきます。

 人間の意識は「顕在意識」と「潜在意識」とに大きく分けられます。「顕在意識」とは普段我々が物を考えたりする場合の普通の意識状態です。
 「潜在意識」とは普段はっきりと意識できないが、実は我々の行動の原動力となる部分で、ここで意識されたことは強力に現実化されます。
 よく、催眠術にかけられた人が、自分の意志とは反対に、術者の言葉通りの行動をするのを見たことがあるかと思いますが、これは、催眠術で潜在意識に術者の言葉が植えつけられたために起こるのです。
 また、一部の新興宗教などで問題になったことがある「洗脳」「マインドコントロール」も同じ原理ですが、潜在意識を他人がコントロールするという悪い意味合いがあります。
 いずれもあまり良い例ではないにせよ、潜在意識がいかに強大な力を持っているかという点に関してはご理解いただけると思います。
 ただし、瞑想の場合は、こういった他者による潜在意識のコントロールではなく、自分で自分の潜在意識をコントロールするという点で非常に安全であり、便利なわけです。

 瞑想に慣れてくると非常に深い瞑想状態を経験するようになります。
 このときに考えたり、思ったり、イメージ化したりすることは、すなわち、潜在意識で考え、思い、イメージ化することなのです。
 そのため自己改革などは強力に簡単におこなわれますが、自己改革以外の願望なども、不思議に環境が整っていき実現していくのです。
 こういった事が起こる理由の一つは、潜在意識に願望が入力されることによって、あらゆるチャンスを的確に利用したり、チャンスにどんどん接近していくようなことが自動的になされるためと考えられます。
 また、心理学では、潜在意識の一部は、自分以外の人々の潜在意識の一部と交流できるといわれており、それが、願望達成のために利用されている可能性もあります。
 実は、いろいろな新興宗教などで行われている種々のお祈り、お経や教義などの朗読、手かざしなどの修法等は、心を落ち着け、潜在意識に入り込みやすくして、ストレスを解消し、直接潜在意識の部分から自己改革するという側面があり、まさに瞑想と同じ原理なのです。
 新興宗教などで、病気が治った、生活上の諸問題が解決した、などというのは良く聞く話ですが、瞑想の絶大な効果を考えれば当然といえば当然です。
 ですから、あなたが、人間性の改革、能力開発、願望達成等を目指している場合、なんらかの新興宗教などに入るのもひとつの手かとは思いますが、宗教の本質を離れたゴタゴタやスキャンダルなどがある事もあるようですので、信仰選びにはくれぐれも慎重になる必要があると思いますし、たとえ入信しても、自分の信念と相容れない部分が大きかったりした場合には、脱会する勇気も必要になってくるかもしれません。
 私としては、諸宗教の御利益の根本原理である瞑想をまずやられ、「あなた自身が理想とする生き方」、語弊を承知で言うならば、「あなた自身の宗教」を確立されたほうがより望ましい生き方ではないかと思うのですが。

 天才と呼ばれる人達、世間で大成功を収めている人達のほとんどは、潜在意識のコントロール法にたけた人です。
 潜在意識に到達し、これをコントロールできる瞑想によって、あなたもどんどん願望を達成できるようになるでしょう。
 瞑想の実行によって、あなたに、更なる輝かしい未来が訪れることを保証いたします。

 それでは、願望達成の為の最高の方法である瞑想を心ゆくまで堪能して下さい。


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