【人前で緊張しないようになるには?】
人前で緊張して心臓がドキドキして、顔面が蒼白になり、手足が振るえたりすること。
こんな事はあなたに限った事ではなく、誰にでもあることです。
かくなる私も、かつて、お見合いなどで初対面の女性と会った時などには、手が振るえて、コーヒーカップのコーヒーが波打ってしまい恥ずかしい思いをしたこともありました。
もちろん、うち解けるにつれ、お互いにリラックスして、振るえなど消えてしまうわけですけど。
また、大勢の前でマイクを握った時などは、心臓はドキドキし、声もうわずり、手も振るえ、足もガクガクしてしまうという事もあります。
でも、場数をこなしていくうちに、こんな場面でも、だんだんドキドキや振るえは少なくなっていくものです。
で、なんでこうなるかというと、人間は、「ここ一番」という、「人前で良いところを見せよう」とか、怒りに振るえる(そのまんまですね(笑))時などは、体を最高の緊張状態にするために、副腎という臓器から、アドレナリンというホルモンが出るからなのです。
そうすると、手足や顔など、抹消の血のめぐりが極端に悪くなるために、顔面は蒼白となり、手足には汗をかき、次の動きへの準備のため手足が振るえ出すのです。
海千山千、百戦錬磨の私でさえ、馴れない場面ではこんな事が起こります。
ベテランのアナウンサーが、「駆け出しの頃は、口はカラカラ、手足はガクガクだったし、状況によっては今でもそうなる」などという話を良く聞きます。
NHKの夜9時のニュースのメインの男性アナウンサーが手に持つ原稿が、その落ち着いた口調とはうらはらに、いつもこちらが恥ずかしくなるほど大きくワナワナと振るえていたのには、毎回驚かされたとともに、「これだけのベテランアナウンサーでも、場合によっては緊張するんだ。ましてや、話の”ドしろーと”の私が緊張するのは当たり前なわけだ。」と非常に納得した次第です。
ですから、恐らく私より修羅場の経験は少なく、アナウンサーの経験もないあなたが、人前で緊張から心臓がドキドキして、手足がガクガク振るえたりする事は、当たり前すぎるほど当たり前の事なのです。
結論から言えば、「たとえ緊張で心臓が口から飛び出しそうになろうと、手足がガクガク振るえたとしても、周囲のほとんどの人は気づかないものだ(他人をよく見ると、さき程のアナウンサーだけじゃなく、結構振るえている人を見かけるものです)」ということに気づき、場数を踏んで少しずつ自信がつき余裕ができてくると、背伸びして自分をより良く見せようとする必要がなくなるので、緊張の度合いが少しづつ減ってきてドキドキしたりガクガク振るえる程度も少なくなるはずです。
先日も、あるテニス同好会の100人程集まった歓迎会で、全員自己紹介したわけですが、あの中で、全くドキドキしなかった人は、60才位の同好会の会長位だったのではないかと思います。
私でさえ、多少はアガった位ですから、私より若い人がほとんどでしたので、マイクを持つ手が振るえた人がほとんどだったのではないかと思います。
でも、私のドキドキは、他の誰にもわからなかったと思いますし、他の人のドキドキや振るえは、私には伝わってきませんでした。
ドキドキ、ガクガクは本人にしかわからないものです。
あなたは、アガったり緊張したりしているのは自分だけだと思ってはいませんでしたか。
実際には、余程鈍感な人間か、自信過剰気味の人間以外は、人前で全然緊張しない方がおかしいのです。
他の人も大差ないのだという事に気づいて、もう少し、「アンタらも同じやんけ」と開き直って、図太く行動するという事を徐々に身につけていけば、必要以上に緊張する事も少なくなると思います。
それから、私が医者になりたての頃、ある病院での事です。
自分の外来診察日には、いつも患者さんが数百人も待っている待合室を通って診察室に入っていかなければならなかったのですが、歌舞伎の花道よろしく、いっせいに患者さんの視線が私に注がれる訳です。
あるおじいさんは心の中で『なんだこの若造は!あんな新米医者には診てもらいたくないな』と思って私をジロリとにらんだかもしれません。
また、あるおばさんは『あの先生は若くて頼りなさそうに見えるかもしれないけど、病気はよく治してくれるし、とても優しくていい先生なのよねー』と心の中で思いながら、私におじぎをしたかもしれません。
はたまた、別の若い女性は、『エー、あんな若いヤツが医者なのー。マジー? タイプだったら診てもらってもいいけど、私はパスだな。』なんて思いながら私を横目で冷たく追ったかもしれません。
で、私は、患者さんの様々な思いのこもった視線を全身に浴びながら診察室に到達するわけですが、診察机の前に座る頃には、非常なストレスから、とりあえず、一息つかなければ診察をスタートできないような状態になってしまっていたわけです。
決められた時間内に大量の患者さんの診断治療しなければならない外来診療の前に、こんなにストレスを感じていたのではこれから大変だと思っていたある時、次のような考えがひらめいたのです。
それは、
「患者さんが、私をみて、どう評価しようと、今まで、一生懸命患者さんの為に医療技術を磨いてきたこの自分の実力が1ミリたりとも変化する訳ではない。
患者さんが、私を、私の外見その他で、不当に評価しようが、正当に、或いは過大に評価しようが、私の医師としての実力が、みじんたりとも変化する事はない。
つまり、待合室を通るときの患者さんの視線によって、私の本質が、どんなにわずかでも変化する訳がないのに、患者さんの気持ちを想像してストレスを感じる事によって、結果的に自分の実力発揮にブレーキをかけていた、という事がいかにバカバカしい事だったか。
人間、自分以上の者に見せようと思った瞬間、自分以下になり下がってしまうわけで、ありのままの自分をそのまま出す事によってのみ、最高の自分が出せるのだ。」
という事でした。
で、その日以降、待合室を通る際には次のように思うことにしたのです。
「アンタら、俺をジロジロ見たければ見ればいい。
アンタらが俺をどう評価しようと、そんなものは、医者として、人間としての俺の真の実力に、1ミリたりとも変化を及ぼす事はできないというのが事実だ。
どうぞどうぞ、気のすむように、穴のあくまで見りゃいいんじゃないですかー。」
と
そして、それからは、外来前に余計な神経を使って、無駄なエネルギーを消耗する事はなくなったわけです。
ですから、あなたが、他人の視線が気になって緊張してしまうような場合には、こんな発想をしてみるのもいいかと思います。
Take it easy!
お互い、気楽にいきましょう!
【人間はなぜ悩むのか Part V】
「問題をどう解決すればいいか」目次へ
次の問題解決法へ
トップページへ戻る